【ノリコ学級】ウズベキスタン東部の街リシタンにある日本語学校を訪れる

【ノリコ学級】ウズベキスタン東部の街リシタンにある日本語学校を訪れる

Last Updated on 2022年7月30日 by ぷんたろう

 こんにちは、ぷんたろうです。ウズベキスタン一人旅もいよいよ終盤です。今回の記事は、ウズベキスタン東部に位置し、陶器で有名な街リシタンにある日本語学校ノリコ学級に、首都のタシケントから列車で向かい、ノリコ学級の校長であるガニシェル・ナジロフさんのお宅を訪れた時のことを書いていこうと思います。

 この日本語学校「ノリコ学級」に行ってみることにしたのは、あるときテレビ番組で紹介されていて、そこで興味を持ち、僕にも何かできることがあればいいな、と思ったからです。

(※2020年2月当時のお話です。もう2年以上前!更新が遅くて内容の最新性には欠けます。ご了承くださいませ。)

ノリコ学級には事前に連絡を入れておきましょう

 『地球の歩き方』にも書かれていますが、事前に校長であるガニシェル・ナジロフさんに連絡を入れてアポイントメントを取っておくのがよいでしょう。特に宿泊を伴う訪問としたい場合には、部屋を確保して頂く必要があるので、必ず連絡を入れておきましょう。僕も訪問の2週間程度前、旅行の旅程が確定した段階で、連絡を入れてアポイントを取りました。

 アポイントはFacebookで取りました。ガニシェルさんのFacebookアカウントに直接メッセージを送ってもいいと思いますし、ノリコ学級のFacebookアカウントでもいいと思います。InstagramやTelegramのアカウントもあります。僕も最初は『地球の歩き方』に書かれていた通りノリコ学級のFecebookアカウントに連絡を入れました。

 校長のガニシェルさんは日本語が達者な方ですが、日本語を読むことは難しいようです。ですから、もし読み書きができるのならウズベク語かロシア語が一番いいと思いますが、だいたいの人はそれは難しいと思いますので、ローマ字日本語(Konnichiha!とかArigatou gozaimasu!とかです)で連絡を取りましょう。

列車に揺られてまずはコーカンドに向かう

 リシタンに向かうには、いくつか手段が考えられます。一番手っ取り早いのは、タシケントで乗り合いタクシーを捕まえる方法かもしれません。しかし、せっかく異国の地に来たのだから列車の旅もいいなぁ…そう思って僕はタシケントから列車に揺られて、リシタンに向かうことに決めました。といっても、リシタンには駅がないので、最寄りのコーカンドというところまでは列車の旅を楽しみ、コーカンドからはタクシーの旅です。コーカンドからタクシーを利用したい場合も、事前にガニシェルさんにその旨を伝えておけば、コーカンドの駅に迎えのタクシーを手配して頂けます。

 コーカンドに向かう列車が発着するのは、タシケント南(タシケント・ユーニイー)駅です。前回の記事では、サマルカンドからアフラシャブ号という高速列車に乗って首都タシケントまで戻ってきたときのことを書きましたが、このアフラシャブ号が発着するのはタシケント中央駅(Googleマップではタシケント 北駅とも表示されます)。タシケントには2つの大きな長距離列車の発着駅があるので、間違えないように注意が必要です。この2つの駅はタクシーでも15分くらいの距離があります。

 タシケント南駅からの所要時間はおよそ4時間、運賃は66.91スムでしたので、日本円でおよそ670円です。タシケント南駅はホームが複数あって、どの列車かよくわからなかったので駅員さんに尋ねてからホームに向かうとよいでしょう。僕もそうしました。日本の駅とは違って、同じような時間にいくつもの列車が発車するということもほとんどないことから、同じ時間に駅にいる乗客はみなさん同じ列車に乗る人たちと言えるので、列車の発車時刻が近付いてきたその頃に駅の中をホームに向けてぞろぞろと、ほとんど絶え間なく流れる他の乗客のみなさんの流れに乗ってホームに向かうのもありかもしれませんが、確実を取るならば、やはり駅員さんに聞くのがよいかと。

 ところで、駅や列車の中で驚いたのですが、現地の人たちは、ものすごく大量の大きな荷物を抱えて列車に乗り込むんですね。日本人の我々からすると、ちょっと考えられないくらいの大きさと量。きっと現地の人たちの感覚では、長距離列車に乗るのは、日本人である我々が海外旅行のために国際線の飛行機に乗るのと同じくらいの一大イベントなんだと思います。

 日本は、鉄道をはじめとする交通網が発達していて、毎日決まった時間に決まった列車が決まったホームから発着しますが、ウズベキスタンの長距離列車は日本におけるそれとは少し感覚が異なるようです。長距離列車は必ずしも毎日運行しているわけではなく、毎週○曜日と△曜日だけ運行するといったようなダイヤが組まれています。だからこそ大勢の人たちが限られた本数の列車に大荷物を抱えて乗り込み、遠く離れた家族の元を訪れたり、または家族と離れて仕事のために赴任したりしているのでしょう。そういった光景を目にして、改めて日本の便利さを実感しました。駅で友人や家族との再会を喜び抱きしめ合う人たち、しばしの別れを惜しみ固い握手を交わす人たち、いろいろな人たちが鉄道を利用していました。

 しかしそんな大荷物を抱えて列車に乗り込む人たちですが、それでもみんな親切でした。僕が列車に乗り込んだときにはすでに頭上の物置きや通路にも荷物が溢れかえっているくらいだったのですが、僕の席だけはしっかり空けられていました。当然と言えば当然なのかもしれませんが、誰一人として僕の席を勝手に荷物置きにしたり座ったりしておらず、僕は一安心。隣の席のおじさんも親切で、列車に乗り込むのが遅かった僕が大きいバックパックを頭上の棚に乗せられず、仕方ないので足元に置いて、バックパックの上に自分の足を投げ出して、もう一つの小さいバックパックをお腹の前に抱えるようにして座っていたのですが、これを見たその隣のおじさんは、おじさん自身もまた足元にぎゅうぎゅうに荷物を置いていたのに、それを少し避けてくれて、「ここの隙間にそのバックパックを置いていいぞ」をジェスチャーで示してくれました。僕みたいな他所者にも気を遣ってくれる現地の人たちの暖かさが身に染みました。

 僕は外国のこういうところが好きなんですよね。明らかによそ者の旅行者に対しても親切にしてくれるところ。こっちが遠慮していても「おー、ここ座れよ!座っていいぞ!おい!」くらいな感じで手招きして座らせようとしてくれたり、荷物を載せたり降ろしたりするのもサッと手伝ったりしてくれますもんね。

 日々思うのですが、日本人こそ、たとえそこが指定席であったとしても、誰も来ないからいいやと荷物を座席の上に置いたり、それが自由席であろうものなら、隣に座られたくないからと荷物を置いてブロックしたりしますよね。こればっかりは同じ日本人ですが、僕的に日本人の許せないところです。普段の通勤電車やバスでもそうですよね。座りたそうにしている人がいても荷物でブロックして、スマホの画面だけを見て気付かないふりをしたり、荷物を退けてくれたとしてもすごく不貞腐れたような顔で渋々。今の日本人、他者に気を遣えない人が多すぎます!本当に日本人ってマナーがいいの?って、もっと外国の実情も知るべきだよっ!って思いますわ。(ついつい熱くなっちゃった…)

コーカンドに到着してタクシーに乗り換える

 さて、列車に揺られることおよそ4時間。第一の目的地コーカンド駅に到着しました。列車の運行はとても時間に正確で、予定時刻通りに到着しました。途中いくつかの駅に止まったのですが、各駅ではホーム上に売り子さんたちが待ち構えていて、列車の到着と同時に一斉に物売り合戦が繰り広げられます。乗客も、どこの駅で何を買うのかを予め決めているのか、みな停車中にホームに出て行き、お土産をたくさん抱えて車内に戻ってきます。やはりナンが多かったかなという印象でした。ナンには各地域でそれぞれオリジナリティがあるといいますから、きっとみなさんそれぞれお気に入りのナンがあるのでしょう。とても面白い光景でした。

 コーカンド駅からノリコ学級のあるリシタンまではタクシーでの移動です。上にも書いたように、事前にガニシェルさんにお願いしてタクシーを手配してもらっておきました。ガニシェルさんに自分自身の特徴だとかを一切伝えていなかったので、タクシーを手配してもらったものの、タクシーの運転手さんに分かってもらえず拾ってもらえなかったらどうしよう…と心配していたのですが、大丈夫でした。明らかに日本人なのは僕だけだったので、タクシーの運転手さんから「プンタロウ?…プンタロウ?」と声をかけてもらえました。タクシーの運転手さんも「こいつかなぁ?」という感じで恐る恐る僕に声をかけてくるし、僕も僕で、最初は運転手さんが何を言っているのか聞き取れなかったので「また白タクか?」と警戒してしまったのですが、「ノリコガッキュウ?」と聞いてくれたので、僕も「あ、この人がタクシーの運転手さんか!」と安心。タクシーの運転手さんもニッコリしてくれました。

 コーカンドの駅からは猛スピード(現地では標準)のタクシーに揺られることおよそ30〜40分で、ノリコ学級のある街リシタンに到着です。

コーカンドからリシタンに向かう途中の車窓から
隠れちゃったけど”WELCOME TO RISHTON”

まずはガニシェルさん宅へ

 タクシーの運転手さんが連れてきてくれたのは、ガニシェルさんのお宅。表札にはカタカナで「ガニシェル・ナジロフ」と書かれています。この日、僕が到着した時には、ガニシェルさんは外出されていて、僕を出迎えてくれたのは、息子のハビブロさん。ハビブロさんもまた日本語ペラペラです。

 しばらくするとガニシェルさんも帰宅され、そこで初めましてのご挨拶。表情の柔らかい優しいおじいちゃんという感じで、初めて会うのに全然初めての感じがせず、ホッとしました。

初めてのノリコ学級を訪れる

 ガニシェルさんと対面したあとは、ガニシェルさん宅から徒歩で20分程度のところにあって、現在のノリコ学級があるリシタンジャパンセンター(ユースセンターとも言ったり)に連れて行ってもらいました。

ノリコ学級のあるリシタンジャパンセンター

 この日は日曜日だったので、学級はお休みでしたが、当時ボランティアで1年間の予定でノリコ学級に指導に来られていた先生が、リシタンジャパンセンターに仮住まいされていたので、紹介して頂きました。

 また、裏庭では、ノリコ学級に通う大きな生徒たち(高校生や大学生くらい)が、何やら作業をしていました。ガニシェルさんに聞くと、生徒たちが寝泊りできるように寮を建設しようとしていて、彼らはその建築資材を作っているのだと教えてくれました。粉末に水を入れてミキサーでかき混ぜ、型枠に入れて、軽量のレンガのようなものを作っていました。いっぱい積み上げられていましたよ。

 さて、そんな僕の”日本語の先生”デビューは翌日、月曜日です。

宿泊先はガニシェルさんの兄アリシェルさんの工房の一角

 ノリコ学級に宿泊を伴ってボランティアに来る場合、宿泊するお部屋と1日3食を提供してもらうことができます。ガニシェルさんのお宅は、宿泊業の認可を受けているので、滞在証明書も発行してもらえます。ただし、ボランティアで行くからと言っても無料ではありません。1日10ドルです。ウズベキスタンのゲストハウスの相場からすれば少々高く感じるかもしれませんが、これはノリコ学級を運営するための大切な資金にもなっているので、ご理解頂きたく。

 宿泊するお部屋は、ガニシェルさんのお宅のお部屋か、もしくは、ガニシェルさんのお宅の斜向かいにある、ガニシェルさんの兄であり、ウズベキスタンでは超有名な陶芸家アリシェルさんの工房のお部屋を貸して頂けます。僕はアリシェルさんの工房のお部屋を貸して頂けました。じゃーん。こんなおしゃれなお部屋です。部屋の中で上下階に分かれていて、特に下の階は隠れ家的な雰囲気で、めっちゃ好きでした。僕も将来家を建てるときにこんな部屋を作りたい…

ガニシェルさんの兄アリシェルさんの工房のお部屋

 お部屋にはエアコンも付いているので、寒くはありません。玄関を隔てて向かいにももう一部屋あるようでした。また、その玄関を入って正面には、二部屋共用のユニットバスもあります。

アリシェルさんの工房の中庭

1日3回の食事はガニシェルさん宅のダイニングで

 1日3食を提供して頂けるので、食事に関して心配は不要です。ガニシェルさんの奥さんや、息子ハビブロさんの奥さんがとてもおいしいウズベク料理を出して下さいます。ちなみに、長期滞在予定で、その途中のお休みの日に外出したいよ、この日は食事は要らないよ、なんていうときには、事前に食事が不要であることをしっかりと伝えておいて下さいね。黙っておくと、せっかくのお料理を余らせてしまうことになり、奥さんたちはいい気持ちがしませんからね。

 朝食の時間が来たらガニシェルさんのお宅の食堂へ。ノリコ学級に指導に行ったときも、学級のお昼休みに歩いてガニシェルさん宅に戻り、食事を頂きます。昼食を終えたらまた学級へ指導に行き、その日の学級が終わったら、夜はのんびり、ガニシェルさん宅で過ごし、おやすみなさい、という感じです。一緒のタイミングでボランティアに来ている人がいると、ノリコ学級への往復の道もおしゃべりしながら歩けますし、夕食後の自由時間もガニシェルさんや、お孫さんも交えてより一層楽しくのんびり過ごせます。

近くには商店もある

 ガニシェルさん宅から歩いて5分もかからないくらいの角っこに、お店が何軒かあります。そこでペットボトル入りのお水やジュース、おやつなんかも入手することができます。僕も初日の夜にお水が欲しいなと思って買い出しに出かけました。当時は夜9時までやっていましたが、今はどうなのかな…

 ちなみにお店番をしていた少年もまた笑顔で「コンニチハ!」と日本語で迎えてくれて、びっくりしたと同時になんだか嬉しくなってしまいました。

初日を終えて

 リシタンを訪れた初日の率直な感想は、なんて居心地のいい場所なんだ、これに尽きました。ノリコ学級の校長であるガニシェル・ナジロフさんやそのご家族をはじめ、街の人々がみんな優しくて、歩いていてすれ違う小学生くらいの子どもや、店番を任されている少年も、みんな日本語でコンニチハと元気に挨拶をしてくれます。少ないながらも何カ国か旅をした経験のある僕でも、この街はとくに我々日本人を歓迎してくれている。そんなふうに思いました。

 たった2日間の予定だけど、そんな街リシタンのノリコ学級にボランティアに来たからには、ここに通う生徒たちに何かしらを残してから帰りたい。そんなことを思った夜でした。

 今回はタシケントからリシタンまでの移動を中心に、字ばっかりの記事になってしまいましたが、ノリコ学級での様子は、次の記事に書きますので読んで頂ければ嬉しいです。よろしくお願いします。

 

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