【サマルカンド】青の都サマルカンドの世界遺産を歩いて回るぜ

【サマルカンド】青の都サマルカンドの世界遺産を歩いて回るぜ

Last Updated on 2021年6月20日 by ぷんたろう

 こんにちは、ぷんたろうです。ウズベキスタン旅行記もようやく半分を過ぎて、折り返し地点にやってきました。そんな今回の記事は、青の都と呼ばれ、ウズベキスタンでも最も有名な都市であるサマルカンドを散策した時の様子をお伝えしていきたいと思います。

(※2020年2月ごろのお話です)

 サマルカンドで訪れた観光スポットやカフェは、下のマップに立てた赤いピンの通りです。僕は言葉にも自信はないし基本ビビリなので、なかなか地元のバスで観光地を巡ったりせず、大体徒歩で済ませてしまうことが多いのですが、僕の経験からすると、たくさんあるサマルカンドの観光スポットも歩いて回れないことはないです(すげー疲れるけどね)。

 下のマップでどの程度観光スポットが散らばっているのか把握して頂けるといいかなぁと思います。(ちなみに、各観光スポットとの位置関係を示すために、サマルカンド駅にも黄色のピンを差してありますが、さすがに歩いて観光スポットが集中しているエリアまで来るとたぶんすげえ疲れちゃうと思うのでオススメはしませんわ。)

 では、本題にいってみましょー!

レギスタン広場

 「サマルカンドといえばここ」的な場所が、このレギスタン広場ですね。宿泊したゲストハウスから歩いて5分かからないくらいのところでしたし、他の観光スポットに行くには必然的にここレギスタン広場の前を通過しなければならなかったので、自ずとここが散策のスタート地点になりました。

 レギスタン広場は3つのメドレセ(神学校)が広場を囲むようにして建っていて、向かって左からウルグベク・メドレセ、ティラカリ・メドレセ、シェルドル・メドレセです。

朝のレギスタン広場

 レギスタン広場の前には柵が設けられていて、入場券を買わないと中に入ることはできません。近くに入場券を販売しているチケットブースがあるので、そこでチケットを買って、余裕があれば有料のオーディオガイドも借りるといいと思います(ちと日本語が怪しいガイドではありましたけどね)。入場料は、撮影料とオーディオガイド込みで、本来なら50,000スムだそうですが、チケットブースのおばちゃんがサービスで40,000スムに負けてくれました。

 ちなみに、柵の前で見張っている警備員が声をかけてきて、「10ドルで塔にも上がらせてやる」などと言ってくることもありますが、あまりそういう話には乗らない方がいいかもしれませんね。塔に登れると言われて僕も一瞬心が揺らいだのですが、どんどんエスカレートして更なる賄賂を要求されたら嫌だなと思い、やめておきました。

ウルグベク・メドレセ

 レギスタン広場で最も古く、天文学者であったウルグベクが1420年に建てたメドレセです。ウルグベクは自らも教壇に立ち学生を指導していたようです。ブハラにも同じくウルグベク・メドレセがありましたが、レギスタン広場のウルグベク・メドレセと同じくウルグベクが建てたものです。

 北側(写真では右側)のミナレット(塔)に登ることもできるとの事前情報を持っていたので、塔の下のお店のおばちゃんに訊いてみたのですが、僕が訪れた時はオフシーズンだったためか、今は閉まっているよ、とのことでした。ちなみにこの北側のミナレット、写真だと分からないのですが、少し傾いています。曲がっていると言った方が適当かしら?先に貼ったレギスタン広場の全体写真に写るミナレットの方が、曲がっているように見えやすいかも。そんなミナレットに登ってレギスタン広場を見下ろしてみたかったなぁ。

ウルグベク・メドレセ
ウルグベク・メドレセの中庭

ティラカリ・メドレセ

 レギスタン広場の正面のメドレセです。1660年に建てられた神学校で、左側の青いドームの下には礼拝所があります。ティラカリとは”金で装飾された”という意味だそうで、この礼拝所の内装がまさにキンキラキンでとても荘厳であることからティラカリ・メドレセと呼ばれています。

ティラカリ・メドレセ
ティラカリ・メドレセの中庭
青いドームの下の礼拝所内部
天井までキンキラキン

シェルドル・メドレセ

 広場の右側に立つのがシェルドル・メドレセ。1636年の竣工まで17年かけて建てられたそうです。向かいに立つウルグベク・メドレセを模倣して建てられたと言われているそうです。

 シェルドル・とは”ライオンが描かれた”という意味で、正面のアーチ上部には鹿を追うライオンが描かれています。ブハラにあったナディール・ディヴァンベギ・メドレセと並び、本来偶像崇拝を否定するイスラームの教義に反して動物をモチーフにしているという点で特異なメドレセですね。

シェルドル・メドレセ
白い鹿とそれを追うライオン
シェルドル・メドレセの中庭

 そうそう、シェルドル・メドレセに限った話ではないのですが、メドレセの中にはお土産屋さんがたくさん入居しています。みなさん英語が堪能なのはいいのですが、結構強引なお店もあったりしますし、観光地価格だったりもしますので、買う買わないの意思表示はしっかりなさった方がいいかと思いますよ。意外と使えるなと思った魔法の言葉が、「I’ll be back!(あとでまた来るぜ!)」です。お店の人も「あぁ、もうこいつは来ないな(笑)」と思ってくれるのか分かりませんけど、笑顔でスッと退いてくれます。

ビビハニム・モスク

 レギスタン広場の北東側に、ショブ・バザールやシャーヒズィンダ廟群方面へ抜ける遊歩道があるのですが、この途中に立つのがビビハニム・モスクです。正面から見るとかなり大きく迫力があります。なんでも、中央アジアでは最大級のモスクだったんだそう。

 このモスクはティムールがインド遠征から帰った1399年に建設が始まり、ティムールの死の1年前、1404年に竣工したそうです。当時としては異例の早さ。ティムールは毎日現場監督をして、工事を急かしていたとのことです。

 しかしその巨大さと当時の工事技術ゆえ、崩壊が徐々に進んで、やがては廃墟になってしまったそうです。今の姿は修復された姿ですが、かつての姿はほぼ取り戻されているようです。

 入場料は35,000スムでした。

ビビハニム・モスク
(写真へたくそ)

 上の写真で、モスクの入り口に微かに人が写っているんですけど、分かりますかね?人の大きさからもこのモスクの大きさがお分かり頂けるかと。

 別の角度からも。

少し遠目からのビビハニム・モスク

 門をくぐって中庭に入ると、正面にはまた巨大な扉を持つ礼拝所が。

中庭の最も奥にたたずむ巨大な礼拝所

シャーヒズィンダ廟群

 ビビハニム・モスクからさらに北東方向に遊歩道を進んできて、大きな通り(シャーヒズィンダ通り)の跨道橋を渡ったところで、道は3方向に分かれています。ここを右に降りていくと、サマルカンドブルーとよばれる青いタイルの装飾を堪能できるシャーヒズィンダ廟群にたどり着きます。ここにはティムールのゆかりの人々が葬られていて、装飾はとても美しかったです。全部で11の廟がありますが、ひとつひとつ解説していると、僕が飽きてきてしまいそうなのでやめておきます(笑)。

 ちなみに、シャーヒズィンダ廟群の入場料は20,000スム、撮影料は10,000スムと、『地球の歩き方』で紹介されていた額よりもだいぶ値上がりしてた模様です。ご参考まで〜。

シャーヒズィンダ廟群の入り口
濃いブルーが美しい廟群
細かい模様もまた美しい
タイルに描かれた手書きの模様
内部の装飾もまた細かく美しい
一部赤いタイルが使われているところも
廟群の一番奥でブルーに囲まれる

ハズラティ・ヒズル・モスク

 ビビハニム・モスクから北東に遊歩道を進んできて跨道橋を渡ったところで左を見上げるとこのハズラティ・ヒズル・モスクがあります。入場料は20,000スムでした。

ハズラティ・ヒズル・モスク

 このモスク、周辺にある他のモスクや廟には使われていない赤や黄色といった色彩を使った装飾が天井に施されています。19世紀に再建されたそうですが、このころになると、中国など東アジアの影響も受けるようになっていったのでしょうかね、他にはあまり見なかった色使いでした。

東アジアの雰囲気も感じられる色使いの天井
もうちょい拡大

カリモフ前大統領の陵(お墓)

 ハズラティ・ヒズル・モスクの裏に、2016年に逝去されたカリモフ大統領の陵があります。この陵の整備に伴って周辺も一緒に整備し直したのか、レギスタン広場からここまでの遊歩道はとてもよく整備されていてきれいで歩きやすかったです。

カリモフ初代ウズベキスタン大統領ここに眠る
カリモフ初代大統領のお墓

アフラシャブの丘

 ビビハニム・モスクから遊歩道を北東に来て跨道橋を渡り、ハズラティ・ヒズル・モスクを通り過ぎた先、斜め左方向に伸びる道があります。ここ、墓地の中を通る道なのですが、ここを抜けるとアフラシャブの丘に出ます。(ちなみに、この道に入らずまっすぐ行くと舗装された道でアフラシャブ博物館に行けます。)この道がアフラシャブの丘への正しい入り口なのか分かりませんでしたけど、まあ行けたのでよしとしましょう。

 アフラシャブの丘は、モンゴル軍に破壊されるまで何世紀もの間、サマルカンドの街があった場所です。かつてはシルクロードを行き交う商人たちや物資でとても賑わっていたであろうサマルカンドですが、整備されていた水道網をモンゴル軍に破壊されたことが致命傷となり、この場所にあったサマルカンドは打ち捨てられ、今の場所に新しいサマルカンドの街が再建されたとのことです。悲しい。

iPhoneのパノラマ機能で撮影したアフラシャブの丘
アフラシャブの丘で草を食む家畜たちの姿も

 丘をズンズンと進んで東側に降りてきたところにまた羊さんたちの姿。ちなみに、東側に降りてきちゃったものの、出入り口らしい場所を見つけられず、そのままアフラシャブ博物館の裏まできちゃったので、博物館の敷地の柵が途切れたところから脱出してきました。

草を食む羊さんたち

 で、博物館の横にはキャラバン隊の像がありました。地元の高校生くらいの子たちと思しき女の子たちがキャッキャキャッキャいいながらポーズを決めて写真を撮りあっていました。そんな彼女らが写らぬように配慮しながら、僕、おっさんは無言で写真をこっそり撮っていましたとさ。そして博物館には入館せず(入らなかったんかーい)、その先にあるウルグベク天文台を目指しました。

アフラシャブ博物館横のキャラバン隊の像
アフラシャブの丘!!!

ウルグベク天文台

 アフラシャブの丘を抜けアフラシャブ博物館前に出てきて、そこを走るタシケント通り(結構アップダウンが激しい)を北東へ道なりに15〜20分ほどプラプラ歩くと、ウルグベク天文台に行けます。

 下の写真が博物館前のタシケント通りで、写真だとそうでもないけど、坂道が結構キツい。これを写真奥の方向に進んでいきます。坂道はキツいけど、坂を一番下った部分は川を渡る橋になっていて、川沿いに綺麗に整備された遊歩道も見えたりしていい感じ。

アフラシャブ博物館から北東に走るタシケント通り
川沿いに整備された遊歩道を見下ろせる

 川を渡った先、坂道を登り切ると、大通りと斜めに合流する地点があります。天文台へは、この大きな道に合流して、そのまま道なりにさらにもう少し進みます。

大通りとの合流地点にある道案内看板
(上から3つめに書かれているのがウルグベク天文台)
大通りとの合流地点の景色

 見えてきました、天文台の入り口広場。広場の目の前に横断歩道はあるものの、信号はなく、車は当たり前のように100キロくらいでぶっっっ飛ばして行くので気をつけて渡りましょう。僕、よくやるんですけど、道を渡り慣れているであろう地元の人が道路を渡ろうとしてたら、一緒に渡っちゃいましょう。(まれに、ハザードランプを焚いて後続車も巻き込んで止まってくれる親切な車もありますよ。)

ウルグベク天文台の入り口広場
(写真右奥)

 このウルグベク天文台は、1908年にロシア人考古学者によって発掘された天文台で、現在は円形の天文台の基礎部分と六分儀の地下部分だけが残されていて、入場料25,000スムで展示室と六分儀を見学することができます。

 当時ウルグベクは、この天文台での観測をもとに、1年間を365日6時間10分8秒と算出していて、現在の技術で測定された1年間、365日6時間9分9.6秒とは誤差が1分未満というから驚きですよね。

ウルグベク天文台の展示室
ウルグベク天文台の六分儀跡
ウルグベク天文台の六分儀跡の内部

ショブ・バザール

 さて、ビビハニム・モスクの近くまで戻ってきました。ビビハニム・モスクの北東側にはとても賑やかなバザールがあります。ここがショブ・バザール。ナン、野菜、お肉、果物、生活雑貨、とにかく何でも売っています。とても賑やかでとても楽しい雰囲気でした。(でも油断は禁物。防犯面には充分お気をつけなさってね。)

ショブ・バザールの様子

 僕、やっとここでウズベキスタンで初めてのお土産を買います。2年間も保存が利くといわれているサマルカンドナン。ナン買って帰るんかーい。ナマモノ(笑)。でも、サマルカンドのナンがどんなものなのか、実家の家族に見せたくて購入したのです。下の写真に写るおばちゃんのナンを買いました。テカテカとツヤがあって美味しそう。写真撮ってもいい?って訊いたら嬉しそうにポーズを決めてくれました。

ナン屋さんのおばちゃん

 ところがですね、日本の気候はナンの肌に合わなかったのか、日本に持って帰ってくると2日くらいでカビが生えてしまいました。いやいや、もしかしたらビニールに入れてバックパックに入れて、サマルカンドのあとにもまだ4日くらい旅程が残っていたので、その途中ですでにカビていたのかもしれませんがね。いずれにしても実家に持っていって披露する前に…あーあ。(でも、そんなことでめげる我が家族ではありません。カビの生えた部分を削ぎ落として、まだ食べられる部分を味わいましたよ。もちもちしてなかなかおいしいと好評でした(笑)。)

 あと、陶器屋さんで湯呑み茶碗も買いました。ウズベク柄のお茶碗が欲しくて。で、たまたま入ったお店の店員のお兄さんが日本語を喋ったのでびっくり!聞けばお兄さんが千葉大に通っていたそうです。遠く離れたウズベキスタンで僕のご近所、千葉大というワードが出てくるとは、これまたびっくり。(そしてぷんたろう、自ら生息地をバラしていくスタイル)

 いろんな柄があって、しかもどれも綺麗な柄で素敵だから、もう少し、湯呑み茶碗以外にもお皿とかボウルも買ってくればよかったなと、ちと後悔。まあいいさ、また買いに行くための理由を残しておいたのだ。

陶器屋さん
(品物落として割っちゃったのか、めっちゃ掃除機かけてた)
色鮮やかなウズベク陶器

ビビハニム・モスクのすぐ隣 アート・カフェ

 さて、一通り散策も終えたところで、お昼ご飯そっちのけで歩き続けていてちょいと疲れたので、15時ごろでしたが、昼食休憩で入店しました。サマルカンドで立ち寄った唯一の飲食店です。

 さすが観光地だけあって、オーナーのマダムはニコニコ笑顔と英語で対応してくれました。プロフとヨーグルト、コーヒーを頂きました。(お値段忘れました!)

アート・カフェのプロフ

サマルカンド ツーリストインフォメーションセンター

 全然写真を撮ったりもしていないんですけど、レギスタン広場からビビハニム・モスクに向かう遊歩道の途中に、サマルカンドの観光案内所があります。僕がサマルカンドを訪れた当時、JICA隊員の方も任務でこの観光案内所の運営のお手伝いをされていました(サマルカンドに到着したときにたまたまタクシーに相乗りさせてくれた日本人の男子大学生バックパッカーさん2人組を介してたまたま知り合う機会が生まれた)。観光のアドバイスとか、もしかしたらディープなサマルカンド情報をゲットできるかもしれないので、立ち寄ってみてもいいかもしれませんね。(なお、 これを書いている2021年6月現在も、新型コロナの影響で隊員の方は一時帰国中だそうです)

まとめます

 以上、サマルカンドの散策の様子をご紹介してきました。本当はワインセラーとかアミール・ティムール廟とか、もう少し行きたいところがあったのですが、時間切れで駅に向かわなければならなかったので、断念。でも主要な観光スポットには行けたし、サマルカンドブルーも堪能できたので、満足な1日でした。もう一度、入場料や所要時間などを簡単におさらいしておきます。

  • レギスタン広場:入場料40,000スム(チケットブースのおばちゃんサービス価格、撮影とオーディオガイド付き)
  • ビビハニム・モスク:入場料35,000スム、レギスタン広場から北東に遊歩道を進んで徒歩およそ5〜6分
  • シャーヒズィンダ廟群:入場料20,000スム、撮影料10,000スム、ビビハニム・モスクから徒歩およそ6〜7分
  • ハズラティ・ヒズル・モスク:入場料20,000スム、ビビハニム・モスクから徒歩およそ4〜5分
  • アフラシャブの丘:ハズラティ・ヒズル・モスクの先、斜め左方向への細い墓地の中の道を進んだ先
  • ウルグベク天文台:入場料25,000スム、ハズラティ・ヒズル・モスクから徒歩およそ30〜40分

 僕が訪れたのは2020年2月だったので、各入場料は変更されているかもしれません。ご訪問の際には事前に最新の情報を入手なさってくださいね。僕もまた行きたいなぁ…

 では、また!

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